休職中ケアマネのゆるい暮らし

46歳男性既婚ケアマネがいろいろあって適応障害の診断を受けて仕事を休んで家にいる日常を綴ります。男性でそこそこがんばってきて、そこそこの年齢で、いったん立ち止まった人と共感できればいいなと思います。

広島

特に変化のない毎日を過ごしています。

前回のブログの通り母の手首の骨折をきっかけに両親とも特養のショートステイで今月五月いっぱいまで過ごす予定は変更なしです。父は母の巻き添えを食った形になり気の毒ですが父を一人自宅に残すわけにはいかないので仕方ありません。自宅に戻った時のために玄関から門まで続く手すりを介護保険の住宅改修を使って設置済みです。母の手首は順調に骨がくっつきつつあるとの診断でした。自宅に帰った後は一日おきに介護保険サービスを受けられるようにケアマネさんと調整をしています。

先日二泊三日で妻と広島に旅行に行ってきました。広島は大阪府の小中学生が修学旅行で行くものと思っており、私も行ってきたのですが大阪南部出身の妻はそうではなく、行ったことがないとのことだったのでお馴染みマイルを吐き出しての旅行です。平和記念公園原爆ドーム厳島(宮島?)、広島城流川町と鉄板コースしかまわらない旅でした。二十代の後半に私が大阪でサラリーマンをしていたとき、広島出張が月に2回ほどあった時期があったので広島の町の全体像はなんとなく覚えていました。当時は広電はICOCAは使えたけどSuicaは使えなかった謎仕様だったなあとかバッケンモーツアルトという洋菓子屋のクッキーがおいしかったなあとかおたふくソースは甘すぎでカープソースの方が口に合うんだよなあとか行きの飛行機の中でいろいろ思い出しながら行きましたが、広島空港に着くと空港から街中までサミット前の厳戒態勢一夜前、というものものしい雰囲気に驚きました。泊まったホテルは外資系だったのでサミット期間中は本国の要人が泊まるのでしょう、ホテルの建物周辺を誇張ではなく電柱一本ごとに警官がいるんじゃないかという間隔で、まるで城を守るが如く配置されていました。奈良や和歌山でいろいろあったので今回は日本の威信にかけてなにがなんでも無事に終わらせるという政府の気迫のようなものを感じました。ホテル自体はゴールデンウィーク後のサミット前、という底の時期だったので格安で泊まれ、空室もあったのか部屋のアップグレードもありました。外国からの観光客や国内の修学旅行生もホテル内、広島の街中、厳島とコロナ前のようにたくさん見られました。夜は流川の良さげな寿司屋に入ったのですが、大将のはなしでは繁華街はなかなか人の流れは戻ったと言えるほどではないようで、平日の夜は席も二回転もすればいいほうとのことでした。サミット期間中はさまざまな交通規制が入り、とくに飛行機は減便はないものの、空港からのバスやタクシーは規制されるので空港から広島市内に入るのが難しくなり、地元の人に迎えにきてもらうとかしかなくなる、とのことでした。瀬戸内の魚を使ったお刺身やお寿司はとてもおいしく、地酒もすすんでしまったので、2人で26000円払って千鳥足でホテルに帰りましたとさ。