休職中ケアマネのゆるい暮らし

46歳男性既婚ケアマネがいろいろあって適応障害の診断を受けて仕事を休んで家にいる日常を綴ります。男性でそこそこがんばってきて、そこそこの年齢で、いったん立ち止まった人と共感できればいいなと思います。

家のことを見直してみたよ(クルマ編)

我が家には2008年に新車で買ったフリードというホンダの車があり今年の11月に車検なのですが、9月15日に事故を起こしてしまいました。わたしがコンビニの駐車場に頭から突っ込んで停めており、用事を済ませて車に乗りスイッチバックして出ようとバックさせていたところ、コンビニの看板にぶつけてリアガラスを粉々に割ってしまったのです。

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〈読み飛ばしてくださいここから〉

その看板は鉄の棒で一本足で立っているタイプで、地上1メートルくらいのところに四角いローソンの看板がついているちび太のおでんのような形で、リアカメラの画像しか見ていないわたしは鉄の一本足だけが見えていて、ぶつかって初めて看板に気づいたような体たらくでした。

すぐ車から降りて周りに人がいないことを確認し、とりあえず今まで止めていた駐車場の位置まで車を戻しエンジンを切りました。ひとつ大きく息を吸い車を降りてローソンに向かい、店長さんに看板にぶつけてしまったことを話すと驚かれましたが一緒に看板を見てくれました。その看板はローソンの本部管理で店舗では管理していないとのことだったので、その地域を統括するスーパーバイザーさんに一報を入れ、ぶつけてしまった謝罪をしました。警察に連絡し事故証明を作ってもらい、保険会社に連絡しレッカーで保管してもらいホンダの修理工場に運んでもらうよう手配をし、と連絡をしている間にローソンの店長さんが散らばってしまったリアガラスの粉々の破片を掃除し始めて下さってたのであわててほうきとちりとりとを借りて掃除させてもらいました!

そうこうしているうちにレッカーが来て車を引き渡すことができたので、ローソンの店長さんにわたしの連絡先と免許証と車検証のコピーを手渡してトボトボと歩いて帰りました。家についてもしばらく呆然としていましたが、とにかく単独事故でよかった誰も巻き込まずによかったと思いその日は休みました。

〈ここまで〉

翌日とにかく不便でレンタカー特約にも入ってなかったので、近所で一番安かったガッツレンタカー1週間10,780円のホンダライフナビETCなしを借り、今後のことを決めるべくホンダの営業所に向かいました。そこには変わり果てた姿の愛車があり、それを見た瞬間、直して連れて帰ってやりたい想いに駆られました。

実は事故を起こしてからホンダの営業所に行くまでの三日間でヨメと相談して、もう13年も乗ったしそろそろ買い替えよう、今後も親の介護とか通院付き添いもあるからスライドドアのフリードにしよう、でも新車は値落ち幅が大きいから3年落ちくらいの程度の良い中古車にしよう、予算は乗り出しで200万現金一括にしよう、と言うところまで夫婦で話を詰めてホンダの営業所に向かったのです。

修理の見積もりとしては後ろのハッチ全交換で30万円という予想の範囲内の数字でした。車検の見積もりはオイル交換やらなんやらで19万円ほどで、タイヤも7年使っているのでそれも入れれば50万円を超えます。13年乗った車に50万円かけるか・・・と迷ったところに営業さんは新車の見積もりを出してくれました。

新しいフリードで決算時期のため大幅値引きで乗り出し価格で250万円。実際同じ型の車も見せてもらい、とても良い車であることはわかりましたし、10年以上お付き合いのある営業さんの熱意も伝わって来ましたが、どうしても心がときめきませんでした。新しい車を買う時、しかも新車を買う時なんて普通ワクワクするはずなのに全く心が湧き立たなかったのです。営業さんはヨメと新しい車の色について話をしていましたがそれを遮り、やっぱり直してほしいとお願いしました。もう10年以上前のことですが子供を亡くした時の深夜の病院からひとり、運転しながらわんわん泣きながら帰ったことを思い出しました。ヨメが妊娠した時にうれしくてうれしくて買ったクルマだったのです。もうあのクルマがうちの車庫に戻らないなんて、事故でお別れなんてあり得ないと思いました。いつか別れの日は来ますが、その日は事故ではなく自分で決めたいと思ったのです。

営業さんはわたしの思いを汲んでくれ、修理の日程を組んでくれ、その日は帰ることにしました。帰りの車中、ヨメは「あんたの本音が聞けてよかった。やりたいようにしよう。」と言ってくれました。後日、修理の完了は10月8日になるとホンダさんから連絡があったので、もう2週間延長して車を借りるべくガッツレンタカーに連絡し、21,560円(安!)払って来たところです。

家のことを見直してみたよ(和室編)

我が家には6畳の和室があります。前提として築30年ほどの中古の家に10年ほど前から住んでいます。

元の持ち主は高橋さんといって神戸出身の播磨弁の抜けきらない方だったのですが、大阪出身の大阪弁の抜けきらないわたしと妙にウマが合い、買い取りが決まってからはご近所様の家庭の事情やらなんやらをこと細かく言い残して行ってくださったのでした。その売主である高橋さんはところどころリフォームしたり外壁塗装をしたりしてメンテされておりそのおかげで我々は快適に暮らせていたのですが、唯一和室だけは手を入れていないとおっしゃっていました。なので買った時に和室の壁とふすまに関してはリフォームしたのですがなにぶん10年も前のことであり、その間にねこを飼ったりしてやつらにビリビリにふすまは破かれており、10年前は予算が足りず畳まで手が回らなかったためそのまま今日に至ったわけです。

で、さらに前提として車で10分ほどの距離にわたしの実家に使っていない和室があり、その畳がカビてきたので使っていないながらもなんとかしたいとの希望が親から出たので、じゃあ一緒にやっちゃおうと言うのが今回の和室騒動の発端でした。

また例によってミツモアを使い業者を探したところ近所に良さげな建具屋さんが2軒見つかったので第一印象が良かった方に決めました。実家は6畳の表替え+網戸の張り替え6箇所で60,000円、うちは6畳の表替えとふすま2枚とドアの面替えで65,000円でした。

即日襖と和室ドアは取り外して持ち替えられ、本日22日に戻って来ました。結果としては大満足で、猫のつめの通らない強化ふすま紙で色も明るく大満足です。畳は明日23日回収で29日に戻ってきます。

9月に入ってから家のことを見直してみたよ(エアコン編)

9月18日(土)

今日も今日とて休職中の身、ヨメを職場に送った足でスタバにきてこれを書いています。9月に入って自宅の隣の家が2年ほど空き家だったのですが解体工事を始め、解体工事が終わったら次は当然基礎工事が始まり、基礎工事が終わったら大工さんがきて家を建て始めました。そのどれもこれも重機の騒音やら職人さんの出入りやらでなかなかのストレスで、隣が見える側のリビング窓にレースカーテンをかけていたのですが、もともと2匹の飼い猫(カイネコツー)にびりっびりにやられて外から見え放題だったのを、外から見えないミラーレースのもの(Amazonで4000円弱でした)に換えたりしてやり過ごしていました。スタバに避難しがちなのはそういうわけもあったのです。

話は変わりますが9月3日頃に傷病手当金が振り込まれました。収入もこの傷病手当金が主となるので9月はいろいろ家計を見直そうと思い、とりあえずマネーフォワードのアプリを入れて口座連携することから始めてみると、いろいろ見えて来ますね。例えば8月の電気代が普段は5000円くらいなのが19000円!だったりそれを夫婦ともに気づいてなかったり大して重く受け止めてなかったことに気がついたり。

カイネコツーのために夏はエアコンつけっぱなしというのもあるのですが、うちの5台のエアコン達は古いもので1995年、最新のものでも2004年ものというおじいちゃん揃いで、その間一度も本格的に掃除をしたことがないという現実と向き合うことにしました。

YouTubeで事前学習をしたところ家の中に設置されているエアコンは室内機と呼ばれ家の外にある室外機と対になるもので、どちらの掃除も機能の維持には大事であること、テレビCMでやっているような外カバーを外し養生して洗浄液でブワーと汚れを洗い流すやつはやはり業者に頼むべきということ、室内機と室外機を繋ぐパイプも日光や風雨にさらされて劣化するため、パイプの保護材の巻き直しも大切だということ、などを学びました。

その時点でもう気力体力ともに尽きていたので(尽きているから休職中なわけですが)、結果から言うと業者に頼んで5台の室内機と5台の室外機の洗浄と、パイプの保護材巻き直しとで合わせて44000円でした。

いろいろ相場を調べると室内機・室外機1組の洗浄で12000円前後だったので6万円ほどの出費を覚悟していたので、結果としてとても良い業者さんを見つけることができました。

いくつかの業者を比較検討するにあたり偶然見つけたミツモアというサイトを使ったのですが郵便番号から近くの業者をピックアップしてくれる中から自分の希望に合った業者を選んで依頼する仕組みになっています。僕は自宅から近く、アピールの文章がわかりやすかったことと、口コミの内容が面白かったので選びました。「依頼前のやりとりはぶっきらぼうだが仕事の説明はわかりやすい」的なニュアンスの口コミを50人以上から書かれていたのが面白かったので依頼したのですが、実際依頼してみると本当にぶっきらぼうでしたが、洗浄した後の生きていくのもイヤになるような真っ黒なカビの水を見せて説明してくれたり、我が家のエアコン達の状態などもいろいろ本当にわかりやすく説明してくれました。

エアコン洗浄後の電気代の変化はまだわかりませんが、エアコンから流れてくる空気は全く別物で、今まで吸っていたものは何だったんだというほどに生活に激変をもたらしました。暑い外から帰って来てエアコンのスイッチを入れ、リモコンの設定温度まで室温が下がるまでの時間もなんとなくですが短くなった気がします。

今回来てくれた彼は私より10歳くらい若く、日に焼けて精悍な感じで、作業中の雑談の中で最近独立して一人親方でがんばっていること、夜のビールが楽しみであることなどを聞いていたので作業中プレモル6巻パックをキンキンに冷やしておき、作業が終わり夕方帰る際に「ちょっと重くなるんだけどお土産に・・・」と差し出したところその日イチの笑顔で受け取ってくれたのでうれしかったです。

休みたい気持ち

6月12日から休職に入って3ヶ月経ちました。その間週一ペースで心療内科の受診とカウンセリングを受けて、仕事のことやら子供を亡くした時のことやらいろいろ話を聞いてもらっています。まあまあ状態が落ち着いているのかなと思い、実家の終活を手伝ったり嫁の出勤の送迎をしたり、穏やかな生活を過ごしています。頭の片隅には仕事の復帰のことはついて回っており、今は休みだから今は考えなくていいや、と休むことを優先することにして、復帰のことを考えるのをやめていましたが、昨日の受診の時に医師から復帰について会社と話し合ってみたらと指示が出たので、状況報告も含めて上司にLINEをしてみたところ、ゆっくり復帰の道を考えていきましょう、との返事が返ってきたので少し心が落ち着きました。ラインを送る前はかなり緊張して文章もかなり考えかけたのですが、考え始めると本当にLINEを送れなくなるので、パッと文章を作ってパッと送りました。本当にそれができてよかった。2週間くらい会社とコンタクトを取れてなかったし、会社から連絡を受けるよりはこちらから送りたかったので。

今の生活は会社や社会への後ろめたさがあれど穏やかな心持ちで過ごせています。多分仕事を定年退職したらこんな感じなんでしょう。もし自分にお金がたくさんあって、この生活を続けられるとしたら続けたいかなあ、いや今はそれさえも考えたくないです。とにかく脳みそを使いたくなくて、何もしたくないです。それでも外に出なくなると本当に出なくなるから、嫁の職場への送迎だけはやって、それほど来たくもなかったスタバでこれを書いています。

 

休職するということ

40代男性にとって会社を休むということは勇気がいります。

この先どうしよう。収入面で、社会的な立場のことで、会社内で戻ることができるのかな、お金は行き詰まったりしないかな、ご近所の方にどう思われるのかな、親や親戚は、などなど。

いま6月12日から休職に入って2ヶ月半経ったが、まず収入面では健康保険から傷病手当金が給料の2/3入ると聞いています。実際は1ヶ月休んでからその月の申請をする仕組みなので休職して1ヶ月目の7月11日以降に主治医に診断書を依頼し、それから診断書が上がって来たのが8月頭、会社に提出したのが8月11日でそれから健保に回って僕の口座に振り込まれるまでの時間がかかり8月30日現在、まだ振り込まれていません。

昨日の心療内科の受診で、安定してきているので会社と復帰の算段をしてもいいかもとの指示?がありました。前の職場に戻ることを考えると怖いというかゾッとするというか全然イメージが湧かないのが正直な気持ちです。でも自分1人で仕事をやるスキルがないので組織に頼る生き方が今のところ第一選択になり、そのためにはやっぱり組織に戻ることを目指さないとダメなのかな。

 

2ヶ月半考えて生きる楽しみを見つけるためにいろいろやってみました。動画編集ソフトの勉強、ジンバルを買ってみたり、アフェリエイトの勉強とか、なかなか続かない、っていうか続けないですね自分で。毎日スタバに行ったりゲームしたりYouTube見たり楽な方楽な方に行ってしまう。人間ってそんなもんとか休職中なんだから好きなことやって休むべきとか言い訳はいろいろあって、続かないってことは好きなことじゃないってことですかね。

ほんと何が好きなのか気づけないままの人生を送っていますよ。

旅の終わり

8月4日

天外天を出た私は観光案内所に向かったところもうすでに電動自転車サービスは終了しているとのことだったので、路面電車で熊本城に向かうことにしました。路面電車も乗りたかったので全然オッケーと思い、乗り場から止まっていた車両に乗り込みました。広電で混乱した教訓があるので、ICカードが使えることを確認し、ロングシートに座ると程なく出発しました。久しぶりの熊本の街はやはり古い城下町の風格漂う街で、鶴屋百貨店とかああむかし鼎泰豊行ったよなあ、とかぼんやり眺めておりました。花畑町で降りめちゃくちゃ暑い街中を歩きながらだんだん城が近付いてき、修復作業の様子が見えてきました。

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石垣ってこうやって補修するんですね!

修復中の石垣をぐるりと回ったところの加藤神社にたどり着き無事お参りし御朱印を頂き、城を見上げておりました。アジア人の男女3人ずつ6人グループが、よく観光地にある顔を入れて写真をとるアレを順番に顔を入れてはキャッキャしているのを見ながら若いな・・・と思いつつ修復されつつある城を見上げておりました。

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顔を入れるアレ

あんな大地震であんなボロボロに崩れてしまって、遠くからニュースの映像とかでみることしかなかったのですが、実際見てみると熊本に人たちが心のシンボルを取り戻すべく知恵を絞り工夫を凝らして復旧させようとしているのを強く感じました。強く感じはしましたが暑さはどうにもならず、また石垣を降って路面電車に乗るHPは私には残っておらずタクシーを拾って熊本駅に戻りました。タクシーの運転手さんによると今日は37℃超えとのこと、体温より高いやんけ!と思いつつ、熊本駅で最後にくまモングッズをいろいろ買い込み新幹線に乗り込んで博多駅に戻り、今朝預けたコインロッカーからリュックを取り出し、地下鉄の1日切符で福岡空港まで戻り、17時発のANA機で羽田まで戻ってきましたさっきまで熊本城にいたのに!

羽田空港にはリトルリーグの遠征から戻ってきたっぽい一団といっしょになってしまい、どこがコロナ自粛やねんと思いつつも、そのお迎えのママさんたちが遠征帰りの我が子を抱き締めんばかりのテンションで到着ゲート前で感動の涙の再会をしている脇を乾いた目で通り過ぎ、そのまま京急に乗り蒲田でスイッチバックをして仲木戸で降り、東神奈川から横浜線で地元に帰るという「ひとりで羽田から帰るときのいつものルート」をいつもの通り辿り、でも仲木戸(京急東神奈川)で乗り換えるときの地下道で会社の取引先の人とすれ違っちゃってマスクしてたけど僕が休職中なのにあ!みたいな顔されたのでたぶん気づかれたけどあの人なら空気読んで黙っててくれるだろうな、とか思いつつ地元の駅に着いて降りて20時12分でした。

18きっぷで4日かけて行った熊本から3時間ちょいで戻れるって!自宅に帰るとヨメはネコとともに一応起きて待っていてくれ、「長い間勝手をして悪かったね」と太宰府のお守りとくまモングッズを差し出し、(僕にとって)長い旅が終わったのでした。

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天外天

8月4日

中洲川端のホテルを出た僕は地下鉄の1日切符を買って博多駅に向かいました。通勤客でごった返す中リュックをコインロッカーに預け、また地下鉄で天神へ。天神で西鉄福岡駅なのか天神駅なのか混乱したのは前述の通りで、二日市駅で乗り換えて太宰府に行ってきました。太宰府でお参り・御朱印・スタバのあとまた西鉄で二日市乗り換えで今度は天神と逆方向の大牟田へ。ここで最後の青春18きっぷのハンコを押してもらい、本日のJR旅のスタートです。途中玉名駅を通過したくらいから朝からろくに食べてなかったのもありめちゃくちゃお腹が減ってき、景色そっちのけで熊本ラーメンのことを調べ始めました。しかしそんなに熊本での時間もなかったので駅近で検索したところ駅なかに天外天という誰しもがベタ褒めのお店を見つけたのでもうそのお店の想像ラーメンスープで脳内がタプタプの状態で熊本駅ホームに降り立ちましたが、その建て替えられっぷりに一瞬呆然としました。え・・なにこれ、前回は平屋の古い駅舎で、商店とかもあんまりなく路面電車ががたんがたんと発着していたのですが、もうなんか近未来な感じで、売店もデパ地下みたいな規模でいろいろあるのですが脳内タプタプ状態だったのでとにもかくにも天外天になだれ込んだのでした。

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本来ラーメンのトッピングのチャーシューを無理を言って別皿にしてもらいビールのおつまみにしたら止まらなくなったよ

( ´∀`)

朝からスタバのカフェミストしか胃に入っていないものですからもう欲望の赴くままに注文してしまい、表記の通りトッピングチャーシュー別盛りを頼んでそれが届く前にすでに一杯飲んでおり、写真のビールは2杯目であることをここに白状し、そのまま3杯目に入ったところでようやく冷静になり周りを見てみると、来る客来る客申し合わせたかのようにラーメン・ごはん・ぎょうざのコンボを決めて来るのでいてもたってもいられずすいませんぎょうざ・・となぜか小声で頼むのでした。最後にラーメンを頼みたいのでなるべく炭水化物は頼みたくなかったのですが、え、こいつまだ飲むの?という感じをこれっぽっちも感じさせずオーダーを通してくれたお兄さんはおもむろに鉄板にぎょうざをならべ、焼き作業に入りました。

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ぎょうざってすばらしい食べ物ですね!

ラーメン屋さんによくあるタイプの小ぶりのぎょうざでしたが肉汁のあまみ・肉の香りがたまらなく、いくらでも食べられるタイプのやつで4杯目のビールを空けました。これから熊本城に行く身なのに酔っ払ってはまずいと思ったのでもうビールはやめようと思い、ハイボールとしめのラーメンを注文しました。ラーメンができるまでのつなぎのためのハイボールであり、手持ち無沙汰だったためです。

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ハイボールは口直し

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この一杯のために旅に出たのかもしれない

もうなにも言葉はいらないでしょう。天外天の名に恥じぬ無限の宇宙を感じさせる、この世の全てはここにあると言っていい一杯でした。全てに満足し、当然替え玉もし(麺もうまい!)、いったい何千kcalかなんて一ミリも考えもせず、およそラーメン屋さんで支払うような金額ではない金額を支払い、よたよたと路面電車乗り場へ向かうのでした。

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